It's a slow Life

遅いあなたが主役です

Its’a slow Life (9月号会報より)

私は平成⒔年1月1日の「元旦三社参りマラソン」に参加した時、熊本走ろう会に入会致しました。

当時の「元旦マラソン」は一般の参加者も多く、入会希望者は集合場所の水道町に在る加地ビル1階に用意された長机で入会の申し込みを行うというものです。

後日、自宅に入会金の振り込み用紙が送られて来ましたが、勤務地に近いこともあって、当時熊本走ろう会の会長で、創設者の加地正隆氏が開業する水道町の加地ビル5階「耳鼻咽喉科加地医院」に持参することにしました。

大方診療中で多忙を予想し、入会金を受付に託けて辞去するつもりでした。ところが受付で用件を告げると、受付兼看護師が「どうぞ」と、まるで急患を扱うように直ぐに診察室に通されるではありませんか。

診察室には治療用の大きな椅子が2台、その奥の木の机で白衣の加地正隆氏が右手の人差指と中指にタバコを挟み、左手には本を広げて座していました。

以来、加地氏没前の7、8年間加地医院に会費を届けましたが、いつも片手にタバコ、片手に本、というそのスタイルは変わりませんでした。即ち、訪れた7.8年の間、患者と遭遇したことは無いということになります。ある時は白髪の奥さんが居眠りしながら受付におられたことも、「今日はちょっと看護婦が休んでおりますので」と照れ笑いの加地先生―。

看護師が「走ろう会の用事でお見えです」と告げると、「待ってました」とばかりに鶴のように細い首を伸ばして表情を崩し、本を閉じ、タバコをもみ消して人懐こく「まあ、どうぞ」と窓際の古いソファーを勧められました。加地会長は各地で開催されるマラソン大会でいつも「かえってこいよ!」の掛け声と共にスタートしていたので、顔は馴染んでいましたが、まさか新入会員に対してこのようにフレンドリーに対応してもらえるとは……。

実はマラソンを始めて間もない頃、家族で通潤橋マラソンに参加した時こんなことがありました。トレードマークの赤い上下のジャージでスタートライン近くで出番を待つ「かえってこいよ!」の加地会長を見つけました。そこで「一緒に写真を」と、お願いしたことがあります。

すると、「はいはいわかりました」と笑顔で応じてもらったかと思ったら次の瞬間「いまから写真とりますけん、すんまっせんばってん道ばあけてくだはりまっせ!」と大きな声を通りに響かせたのです。続けて「奥さん、せっかくですけん、通潤橋が入るようあっちから写しなっせ」と気遣ってもらう始末。

道を通行止めにして手短に撮影を終えると、加地会長は「すんまっせんでした」と破顔で周囲に礼をいい、そして私に「ありがとうございました」と言うではありませんか。ありがとうございましたは本来私のセリフ。多分、本日通潤橋マラソンに参加してもらってありがとう、という意味だったのかも知れませんが…。熊本走ろう会のことも加地会長こともよく知らない私は、この人は相当の気遣い者で、且つざっくばらんなオジサン、という印象でした。

その時のイメージが根付いていたので、まるで散歩にでも行くかようにのこのこと加地会長の病院まで会費を納めに行ったのかもしれません。

会話はいつも1時間内外でしたが、毎回初めて会うようにその内容は同じことの繰り返しだったように思います。健康法に対する持論や走ろう会の活動状況、それから自分が軍医として中国で多くの傷痍軍人を診たこと、戦争で身寄りを失った現地の孤児を引き取って育てたこと、桂林マラソンを開催して歓待されその後も交流が続いていること等々、多岐にわたりましたが会費を持参した私を気遣っての会話ですから内容は浅く、話好きな人の世間話のようなものでした。当時、走ろう会に特に興味もなく、そして入会後も練習会に参加していなかった私はいつも「なるほど」「そうですか」「へえ」といった調子で聞き役に回っていたのでどの様な内容であったかほとんど記憶に残っていません。加えてお互い暇つぶしの会話ですからなおさらです。

今になって思えば何故もっと奥深く加地正隆という人を探求しなかったのかと悔やまれます。

ただ、数年間お会いした中で印象に残っていることが3点あります。先ず1点はあの時、通潤橋マラソン大会で写真を一緒に映って頂いた時と同じく、人に対する気遣い心配りが細やかで尚且つ、気さくな人柄が変わらなかったこと。

2、中国の桂林市から贈られたという診療所の壁に掲げられた漢詩の大きな額に時折目をやりながら「桂林マラソン大会」を開催したことや桂林市の厚遇等を語られるとき、更に雄弁となり、眼が生き生きとしていたこと。

3、自ら中国の戦地で軍医として多くの傷痍軍人を診たことを語るとき、ほんの一瞬フッと息を抜いたように視線が下がること。

加地会長は熊本弁丸出しで話の内容も語り口も前向きで明るく極めてポジティブです。ただその軍医であった戦地の話のときだけほんの一瞬、陰る。

私はそのような地正隆氏を見たある時、ハッと気づきました。軍医という仕事、役割は負傷した兵隊の手当て、治療であります。激戦の中、到底十分とはいえない薬、乏しい医療具、懸命な手当ての甲斐なく目の前で、あるいは自分の腕の中で若い命を落としていく青年や少年兵たち。もっと生かしたい。生きて日本に帰したい…。あまりにも早すぎた死。あまりにも短い人生。加地正隆氏のあの性格、人柄ならその無念さも一層の事だったと思います。

そしてまた、生き残った兵士も明日になれば、祖国にいる父や母、弟や妹、そして妻や幼い子供の顔を胸に抱きながら、鉄砲を担ぎ刀を振りかざして敵地に向かって突進していく。

その兵士たちの後ろ姿に向かって、加地軍医は声には出さず「かえってこいよ!」と心の中で張り裂けんばかりに叫んだ……。

平和となって高度成長期迎えた1972年、加地正隆氏は有志と「健康マラソン」「遅いあなたが主役です」をスローガンとする「熊本走ろう会」を創設されました。当時の私はまだ元気に走っている頃でした。だから「速く走っても健康のはず。タイムを計らないのが健康で、計測すれば病気になるのか」などと反抗期の少年のような否定的な考えが心の隅にあったのも確かです。しかし、加地会長と会い、その人柄に触れたとき、「熊本走ろう会の」理念、理想というものに触れたような気がしました。即ち「健康」は「平和」、「走る」は「生きる」を意味している。そして「遅いあなたが主役です」というスローガンはあの若い兵士達のあまりにも早い死、早く終えた人生、「その人たちの分まで私たちは長生きせなやならんとです!」だから「遅く、ゆっくり生きるあなたが主役にならんといかんとです!」という願いと戒め。

そしてスタートするとき、声高々の「かえってこいよ!」それはあの時無念にも声にすることができなかった心の叫びである、と私は確信しました。

勿論、真意を加地正隆氏に尋ねことはしません。たとえ尋ねたとしても時代錯誤の話など笑い飛ばして応えられるはずもありません。

熊本走ろう会が他のランニングクラブと全く次元の異なる走る会、と知って以来、私は熊本走ろう会の行事にぼちぼちと参加するようになりました。

熊本走ろう会が提唱する8月4日の「走ろうの日」は日本中が平和で元気に走られることへの感謝の日です。そしてこれから先も健康という平和を自分たちの力で走りながら築いていきます、という誓いの日でもあります。

会員の皆様は「健康マラソン」「遅いあなたが主役です」をスローガンとする「熊本走ろう会」の会員であることを誇りにおもい、そして「走る」その先にある豊かな人生を目指して更に前進して頂ければ幸いに存じます。

Sponsor

My way - Frank Sinatora
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泳いで 漕いで走 り続ける
夫婦で「日日是青春!」
 ​田中 秀男   会員№1423
   美恵子  会員№1424

スイム3.8キロ、バイク180キロ、ラン42.195キロ  これを制限時間内に制覇するのがアイアンマンレース。この世界一過酷な競技と言われる鉄人レースに奥さんと二人三脚で挑戦を続けている会員がいます。

本業は住宅のリフォーム、エクステリアの設計施工、トータルプランナーの「(有)タナカ総建」を営む田中秀男さん65歳と奥さんの美恵子さん63歳。

これまで数々のトライアスロン大会で輝かしい戦績を残し、日本を代表して海外のレースに参戦することも多数。また恵美子さんも水泳のコーチの資格を有してバイクも漕ぎ、夫を支えながら共に走り続けています。

しかし、過酷なのは競技だけではない。田中さんのこれまでの人生そのものが過酷な、否、過酷すぎるレースだったと振り返る。

先ず手始めは、独立開業して仕事もやっと軌道に乗って、さぁこれからという矢先、信頼していた知人の連帯保証被りで窮地に。涙すら枯れ果て最低限以下の生活だった、と瞳を湿らせながら笑って振り返る奥さんの言葉が当時を物語る。その暗く、長いトンネルを抜けてどうにか日常の生活を取り戻しかけた矢先、仕事場で生死をさまよう大ケガ。

 韓国の若者のホームステイも数多く受け入れているご夫婦 

屋根からの落下である。

運よく一命を取り留めたが、完治までの数か月間、二度目の災難に悔し涙を流した。

元々丁寧な仕事振りで顧客からの信頼も厚く、復帰後は一層、仕事量も増えた。そして、年中無休、24時間対応で多忙な日々が過ぎ、これでやっと今までの分を帳消しに、と思いきや、突然、原因不明の激痛が腰部を襲う。

立つことは勿論、座っていても寝ていても右を向いても左を向いても身体に激痛が走る。いくつかの病院を回ったが、原因は不明。原因が不明だから治療の方法も無い。判ったのは椎間板にウイルスが侵入しているらしいということだけ。

ケガなら時間が解決してくれる。しかし、回復の見込みの立たない難病。半年たっても1年たってもただ痛み堪えて床に伏しているのみ。

周囲は、今度ばかりは仕事への復帰は勿論、日常生活を取り戻すことさえも無理では、とため息をつくばかり。

ところが当の本人は幾日も景色の変わらない苦闘の病床でこう思った。過去を振り返り現状を見定めると、もう恐れるもなければ失うものもなにもない。運を天に任せるのみ。なるようにしかならない。ならば辛い思いを抱えながら生きるより、昇る朝日のように夢を抱き、希望を膨らませて天まで駆け昇る自分の姿を描きながら生きた方が得ではないか、と肩の力を抜き、楽天的に自らの人生観を変えた。

すると不思議なことに、苦痛で2年間横たえていた腰部の痛みが徐々に和らぎ、やがて消え去った。そして、仕事に復帰できるまで奇跡的に回復したという。

「地の底から這いあがり、精神力はもう誰にも負けない。あとは身体を鍛え上げ、そして世界一の鉄人となる」と決めた。

以来、スイム(水泳)バイク(自転車ロードレース)ラン(長距離走)を連続して行うトライアスロン競技やウルトラマラソンにのめり込むことになる。

培った精神力が見る見るうちに筋力、体力を造り上げた。そして各地で開催されるトライアスロン競技では上位に入賞し、更にはトライアスロン競技の審判員の資格も取得した。

そして今、日本を代表する競技者となり、「(年代別で)世界一になる!」と、あの時、病床で思い描いた夢に向かって羽ばたいている途中である。

2016年オクラホマ(米国)で開催された世界トライアスロン選手権大会に日本を代表してエントリーした時に、トライアスロンクラブCTCの仲間達から寄せられた応援のメッセージ。その下は華々しい戦歴を物語るメダルの数々。

ところが2016年(平成28年)四度目の災難が襲来した。

4月14日、16日の熊本地震である。震源地近くに建つ自宅のマンション(東区秋津町)が居住不能の全壊に。

しかし、今度は個人を直撃した災難とは違う。周囲も思い出が詰まった住居を失ったっ人たちばかりだ。落ち込み、悲しんでばかりはではいられない。早速、美恵子さんがインターネットを開いてみると、運よく近くに約100坪、古家付きの宅地が手ごろ(破格?)な価格で見つかった。

リフォームは本業。すぐに夫婦で物件を見て即決した。それが今の住まいである。

引っ越しはトライアスロンの仲間たちが総出で手伝った。古家も改装、増築であれよあれよという間に格調あのる古民家に仕上がった。そして増築したスペースには、スポーツジム並みのトレーニングマシーンが所狭しと並べられ、庭には競泳用の簡易プールも設けた。

また、マシーンで汗を流す仲間たちのために専用のシャワールームとトイレも仕事の合間に造り上げ、支えてくれた恩に報いている。

 筋力、体力、気力を造り上げるマシーンが並ぶ 

更に、これまでに培った知識や経験を基に、今話題の「酸素ボックス」を昨年自宅に導入した。

酸素は生命の源である。その酸素をボックスに充填し、加圧して体内に送り込むことによって疲労(酸素の欠乏)の回復、脳細胞の活性化はもとより、加齢で休止した毛細血管の先まで酸素が運ばれることによるマッサージ効果、シミや小じわ等の予防、回復の美容効果等々が期待できるという。

「酸素ボックス」については恵美子さんが代表となり、「2・Hirosaki」を立ち上げた。

以来、トライアスロンクラブや走ろう会の仲間たちが身体に2を充填し、その効能を堪能しながら「日日是青春」を謳歌している。

尚、利用料金は下段リーフレットの通りとなっており、回数券がお得である。マシーン利用料金は1回(1日)300円。

私も酸素ボックスで30分、2を浴びた。エアコン、テレビも備わって快適。広さも十分、2~3名は可能。

加圧が始まるとカラのペットボトルが音を立てながらしぼみ、酸素の充填が体感できる。

リフレッシュしてボックスから出ると、ご夫婦や周囲の人から「髪の毛に勢いがついた」と言われた。

それからスポーツジム並みにそろったマシーンも試した。

日頃眠っている筋肉が悲鳴をあげるまで頑張ったところで、インストラクターの資格を有する美恵子さんが、

「もっと行ける!それからそれから!も少し、もう少し!がんばれ!」と檄(ゲキ)が飛ぶ。

なるほど! その「檄」にご主人の秀男さんが不死鳥のごとく蘇えるに至った過程の一端を垣間見ることができた。

​料金表

ボックス内は意外と広い。

専用のシャワールーム。トイレもあり

酸素ボックスと、スパルタコーチの指導によるマシーンで更なる躍進、請け合いです。

​会員の皆様、一度お試しあれ。

本業は「有限会社 タナカ総建」 熊本走ろう会会員は特別料金の設定あり。

​増改築等気軽にご相談ください。

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